夢を見た。
それはとても幻想的で、酷く現実的で。
悠久の時を刻む様な、刹那の幻の様な。
そんな夢を。
霞がかった様な視界の先には、淡い光に包まれた女性の姿があった。腰まで届きそうなフワッとした桃色の髪が印象的な美人である。前髪で大半が隠れてしまっているが、そのシュッとした眉からは気丈さが伺え、パッチリとした大きな鳶色の目は慈愛に満ちている。落ち着きのある紅を纏った唇は、アウレナの紅通りを思い出させ、その微笑は見る者全ての心を奪うのではなかろうか。
言葉で表現する事が困難な、これ程までに美しく整った顔は見たことが無い。
さらに、その美貌もさることながら、彼女の体は胸や腰、足元等の必要最低限しか衣服は纏っていないため、煽情的で妖艶だった。
俺は当然の如く目の前の人物を食い入るように見ていた。夢だという意識はあるが、体は自由に動かない。いや、動かそうと思っていないのかもしれない。
そんな俺を見た彼女は満面の笑みを浮かべ、その柔らかそうな唇を動かした。
「初めまして、エルリン! いきなり出てきてごめんね」
芯から癒されるような優しく明るい声は心に響く。
挨拶をされたのだから、こちらもしっかりと挨拶すべきだろうが、口は全く動かない。しかもこれが夢だからなのか俺の思考はとても鈍く、与えられる情報を受け取るぐらいにしか働かない。
「今日、エルリンは私の事を詩に詠んでくれたよね?
今までたぁーっくさんの人が私を詩にしてくれたけど……私……あんな風に詠われたの初めてだった……」
俺の返事を待たずに発せられたやや高めの声はとても恥ずかしそうに聞こえ、当の彼女は両手で顔を覆い右へ左へ振っている。顔を覆う手の隙間から覗く頬は心なしか赤らんでいる様に見えた。その姿・仕草はとても愛らしく、俺はグリグリと心をえぐられる。
「とっても胸に響いたの! あんなに感動したことはないわ! 本当に、本当に、心の底から嬉しかった!
……それで私、決めたのよ! エルリンを旦那様にするって!」
突拍子も無い事を言われているが、喋る事は勿論、指一本動かせない俺は、それをただ受け入れることしか出来ない。
「だから……エルリンには私の……か、加護をあげるわ。
……じっと……しててね?」
照れる様な素振りで加護を与えると言った彼女は、一歩、二歩とゆっくり近づくと、羞じらいながらもそっと俺に口付けをした。
一瞬触れた柔らかく暖かなそれは、全身の血流を一気に駆け巡らせるような感覚を与え、心臓は張り裂けそうなほどドキドキしている。
「キャー! しちゃった! しちゃった!」
すぐに俺から離れた彼女は、両手で口を隠し、ピョンピョンと飛び跳ねている。恥ずかしさの中に嬉しさが混じったような表情は、俺の心を惹き付けてやまない。
彼女は一頻り興奮した様子を見せると、空気を変えるかのように咳をして、また話しかけてきた。
「えーっと……そういう事で、私、エルリンの事ずーーっと待ってるから、早く迎えにきてよね!
それじゃあ、またねぇ! バイバーイ!」
「……という夢をみたんだが」
「ハァ…………兄さん……またですか……」
いつもより早く目覚めた俺は、興奮冷めやらぬ自らを落ち着けると、朝練に向かう前のヴォルクに対して朧げな記憶を頼って大雑把に夢の内容を語ったのだが、溜息をつかれ呆れられるばかりだった。前科があるためだろうか。
「いや、今回の夢はなんかちょっと違う気がするんだけどなぁ」
「僕には兄さんの欲望が溢れ出ただけにしか思えないですよ……」
ヴォルクはじとっとした目で胡散臭そうに俺を見てくる。いつもアホな事ばかり言ってる俺が悪いのは分かるのだが、地味に傷つくから止めて欲しいものだ。
「だって何ていうかさー、あのー、あれだ。ほら、加護を与� ��るって言ってたし! ってことは相手は神様かなんかじゃないの?」
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